T ソメンヤドカリを求めて沖縄に


 『ヤドカリ』というタイトルの、本を出す企画が進行していて、 完成させるためには、殻にイソギンチャクを付けたヤドカリの写真が、どうしても必要でした。
 殻にイソギンチャクを付けたヤドカリといっても何種類もいますが、最も良く知られているものに、ヨコスジヤドカリとソメンヤドカリがいます。
 ヨコスジヤドカリは、殻にヤドカリイソギンチャクを付けており、ソメンヤドカリは殻にベニヒモイソギンチャクを付けているのが特徴です。 私はソメンヤドカリを選びました。

 私は2ヶ月ほど前、沖縄の宮古島に行ってきたのですが、その時世話になったダイビングショップに情報を聞いてみることにしました。お世話になったお礼と、イソギンチャクを殻に付けたヤドカリを探していて、知っていれば直ぐにでも行って撮影したいと言うことを書き、返信用のハガキを同封して送ったのですが返事は来ませんでした。
 ダイバーはヤドカリなんかにかまっていられない・・・もっと大きなものが目標なのだ・・・・という声が聞こえてきた様に思えました。 25年前の出来事です。
(2011年時点で)
 時間がなくなっていました。

 沖縄が日本に変換される1年程前 、パスポートを持って石垣島に行ったことがありました。
 当時東大の学院生(25年前当時は、琉球大学の山口教授)に同行させてもらい、色々教えていただきましたが、その時の経験を生かせば最悪一人ででも調査できるはずだとの思いから、今回は石垣島に行くことにしました。

 石垣島・川平湾

 石垣島は、川平湾の前高屋という民宿に到着しました。 この民宿のご主人がダイビングのインストラクターをしています。 宿に到着後、明日からの潜水の打ち合わせを行ないました。
 しかし民宿のご主人も、潜水のスタッフも、イソギンチャクを付けたヤドカリの事は全く知らないようで、潜水をしながら探してくれるということになりました。
 2日間潜水し、今まで写していないヤドカリを何種類か写すことが出来ましたが目的のヤドカリは見つかりませんでした。 
 明日からは陸伝いに一人で、スキンダィビングにより探しに行くことにしますということでお礼を言いに行くと、不意にそのヤドカリは水産試験所の前にいるという情報をくれました。
 水産試験所に聞いてくれたようです。  ただし、川平湾の水道は流れが速く危険なので、潮止まりに潜るようにとのアドバイスを受けました。
 次の潮止まりは夜中の10時で、もし自分も行けたら行ってあげると言ってくれたのですが、非常に疲れていた様子なので声をかけずに一人で出かけました。
 空には明るい月と信じられないほどの星が輝いていて、 天の川が見事です。
 月明かりに照らされた白いサンゴの砂浜に座り、海水に手を触れるとそこにも星が輝きました。 水中の星達は、水中での手足の動きに沿って輝いては消えました。
 ウミボタルの淡い輝きに見とれ、しばしの間幻想に浸ることが出来ました。

  時間は、民宿のご主人に教わった午後10時に近づきつつありました。
  潮の流れは、見事に止まり水中での操作に取り掛かりました。水中ライトに照らされた海底は、当時の面影が全くなくなっていて愕然としました。 サンゴの上に白い砂が積って、サンゴは死んでいいて、あれだけ沢山いたバイカナマコも、一匹も見ることが出来ませんでした。
  ソメンヤドカリってこんな所に居るのだろうか・・・そう思いはじめた時、死んだサンゴの裏側から拳大のものがチョコチョコと出てきました。 それは、月明かりで十分見ることが出来たのですが、詳しく確認するために、水中ライトの光を移動させました。
 海底に描かれた光の輪の縁がその物体を捉えた瞬間、その物体は一瞬 「カタン」 と動いてそれきり動かなくなり、一瞬にして海底に同化してしまい、一度目を離すと存在が分からなくなります。   

この 「カタン」 という動きは、間違いなくヤドカリの動きそのものですが、ここからでは殻にイソギンチャクが付いているかどうかは分かりません。

目を離したら海底に溶け込んで、見失ってしまいます。目を離さないように 3m程潜り、その塊を一気に掴みました。

夢にまで見たソメンヤドカリが、私の手の中にいました。

次の日は結構大変でした。

民宿の人たちとそのスタッフ、子供たちも皆、珍しがって見に来ました。そして皆、初めて見たといって愕きながら喜んで見ていました。

前の部屋に泊っていた虫屋と称する男性が、ソメンヤドカリを見せてくれといって尋ねてきたので見せてあげると、どうして1匹しかいないのか等と奇妙なことを聞いてきました。そして自分だったらもっと沢山捕まえるのに、等といっていたのが気にかかりました。

今日はこのソメンヤドカリにモデルになってもらい、思う存分撮影を済ますつもりで海岸に出かけましたが、残念なことに水中ストロボの調子がおかしくなり、思うように撮影ができなくなってきました。カメラ本体とストロボを結ぶシンク ロコードの一部に穴があいて、海水が入り接触不良となっているらしく、だんだんと発光しなくなってしまったのです。

その結果、ソメンヤドカリを家まで持って帰ろうと決心しました。

民宿でそのことを話すと、ダイビングのスタッフがソメンヤドカリ輸送作戦を手伝ってくれることになり、車で石垣市街のタッパーやエアーポンプを売っている場所へ案内してくれました。 タッパー、エアーポンプとエアーパイプ、電池、カッター、接着剤等を集めて帰ってきました。

これらの道具を使い、空気は送り込めるが水のこぼれにくい装置を作り、借りていたポリバケツからソメンヤドカリを装置の中に移しました。

ソメンヤドカリは装置の中で元気に這い回っていました。

ちょうどきりの良い所で、夕食の時間になっていました。

目的のソメンヤドカリの捕獲が出来、輸送用の容器も完成し、いよいよ明日帰るということで、久々にビールを飲むことにしました。珊瑚礁の海で焼けた体に、冷えたビールが最高でした。

ソメンヤドカリにとって、明日は飛行機による初めての長旅です。 夕食に出た刺身を元気付けのためにソメンヤドカリに食べさせてあげようと・・・考えました。

  夕食が済んで部屋に戻りタッパーの中を覗くと、ソメンヤドカリはさっきと同様元気に這い回っていました。

明日元気に、家の水槽まで辿り着けるようにとの思いを込めて、持ってきた刺身をソメンヤドカリの側に入れてあげたのですがその瞬間、カラン・・・・という音がして、ソメンヤドカリは殻の中に引込み、出てこなくなってしまいました。
 慌てて刺身を取りだし、予備の海水と交換して観察しましたが、全く効果がなく殻に引込んだまま出てくる気配が全くありません。
  私の今迄の浮いた気持ちが暗転しました。
  死んでしまったのだろうか、でも何故・・・? 
  もし最悪の事態でも、家に連れて帰ろうと決心しました。

次の日の飛行機は、午後の出発です。 午前中の時間を利用して陸地の探索をするつもりでいたのですが、予定を変更して海辺から離れずに、頻繁に海水を替えてやることにしました。 
 荷物を民宿に預け、カメラとソメンヤドカリの入ったタッパーを持って、海岸線をうろつくことになりました。
 新しい海水を頻繁に交換することにより、長旅に備えようという考えです。
 昼過ぎ民宿を発ち、タクシーで空港に向かいました。 空港では検疫検査され、エアーポンプは作動させないように・・・といわれて飛行機に乗せることが出来ました。

そして何とか、家の水槽まで運ぶことが出来ました。

  家で水槽に移す時、最悪の事態が判明しました。 1対のハサミと2対の歩脚が、自切により取れてしまっていたのです。
  しばらくすると、殻に付いたイソギンチャクが見事に開いたのですが、殻の中には何もみえません。 ただ 水流が殻の口から力強く出てきているのが確認出来ましたで、殻の中にいてしかも生きてるだろうことが確認できました。
 2時間程して、そうっと水槽を覗くと、くりっとした目の可愛い奇妙な生物が殻から身を乗り出していました。
 2対の大きな歩脚と、1対のハサミを自切で無くしたソメンヤドカリが、残った小さな2対の脚で、殻の中を這って出てきたのです。

それはまるで、大きなカタツムリのようでした。