カニの観察

1.ハサミや脚の自切について。

  海辺での人気者の一つにカニがいます。カニ達は、海岸の岩の割目や穴から出てきて、餌を食べたりしています。 タイドプールの中の石の裏や海藻の中にも隠れています。
  捕まえようとして手を出すと、巧みに逃出すので慌てて手を伸ばし、ハサミや脚をつかむと、そのつかんだハサミや脚がちぎれて、カニは逃げてしまいました。
  不思議なことに、残されたハサミや脚は、どれも付根からきれいにもぎ取れています。 これはカニやヤドカリ達の護身術の一つで、ハサミや脚を外敵に掴まれた場合、ハサミや脚を付根から自分で切り離し逃げるように進化したものです。 これを自切といいます。
  
  
一方カニの方はどうしているかというと、多少不便ではあるが、何事も無かったように元気に生活しています。
  このカニのその後の生態は、脱皮とハサミや脚の再生をご覧いただくとして、もぎ取れたハサミや脚の話に戻ります。
  
  もう一度もぎ取られたハサミや脚を良く見ると、もげた部分は見事に切断されています。 何故こんな事が起きたのでしょうか。
  死んだカニで試してみましょう。

これは食用に茹でたものでもかまいません。
  ハサミや足を持って、もぎ取ってみましょう。 切断面に、肉片が付いてきました。カニ本体の方を見ると、切断部分の肉片がもぎ取られ、大きな穴があいています。
  ハサミや脚がもぎ取られるたびに、カニ本体にこれほどのダメージが与えられたのではたまったものではありません。おまけに沢山の出血も考えられます。
  出血があると、海水中に流れ出た血の匂いに誘われて思わぬ外敵が現れ攻撃されることになり、ダメージが拡大し、死への階段を転げ落ちることになります。 だからといってハサミや脚を切断しなければ、その場で掴まり、結果的には食べられたりしてしまうことになります。
  そのため、カニやヤドカリ達は掴まれたハサミや脚を自分から切り離しますが、その場所はハサミや脚の付根からと決まっていて、その断面は平らで最小の断面積となっているようです。
  そしてその自切の瞬間、切断面に瞬膜が出来て、出血も起こりません。
  従ってカニやヤドカリ達は、その場さえ逃げられればちょっと不自由ではあるが、何事も無かったように生きて行けるのです。

   ハサミが片方になっても、餌は確保しなくてはいけません。今を乗越えれば、脱皮して元通りになれる訳ですから・・・。          
(マングローブの干潟で、小さなカニを捕まえて、食べようとするクマトリオウギガニ…片方のハサミしかありませんでした )
   (ホンヤドカリのハサミで実験してみました )左側は、自切により取れたハサミです。切断面がきれいに切断されています。      
右側は、死んだヤドカリからもぎ取ったものです。体側の肉片が、ハサミの切断部分に付いてきてしまいました。これでは折角逃げても、ダメージが大き過ぎて次の脱皮まで生きる事は難しいでしょう。 

 

2.脱皮とハサミや脚の再生。

  何日かすると、切断された部分にある変化が起こってきます。

自切し瞬膜で覆われた部分が黒くなり、膨らんできているのです。まるで木の芽が出て来る様な感じです。
  そうか・・・こんな感じで自切したハサミや脚は伸びてきて、再生されるのか・・・と、一瞬思いました。
  それから数日経ちましたが、自切面の膨らみは特別大きくはなりません。 虫眼鏡で良く見てみると、ハサミのあった場所の膨らみには、透明な膜の中で二つに折りたたんだ形で小さなハサミが収納されていました。
  一方、脚のあった場所の膨らみには、これも折りたたんだ小さな脚が収納されていたのです。

  自切面に気を取られていて気付かなかったのですが、カニの体にはもう一つの変化が起こりつつありました。体の色が徐々に黄色っぽくなり、海辺によく落ちている抜け殻のような色合いに変化しつつありました。
  ある日、ハサミ(脚)の無いカニが、タイドプールの底で動かなくなっていました。 気のせいか、自切した切断面から出てきた膨らみが、透明になっています。
  あ・・・目も透明になっています。
  そおっと手を伸ばして掴まえると、何の抵抗も無く、簡単に捕まえることが出来ました。タイドプールから取り出してみると、ハサミや脚がだらんと垂れ下がって様子が変です。そして甲羅の縁に沿って割目があるのが分かりました。 そこで甲羅の縁を持ち上げて見ると、体の前方を軸にして後方がパカリと開きました。 まるで車のボンネットが開いたみたいです・・・。
  
  ボンネットを開けて中を覗いてみると、中はもぬけの空となっていまいした。 空なのにこれだけの重量感があるのは、殻の中に海水が入っていたからです。中はもぬけの空と書きましたが、正確には全くの空ではなく内部には白い膜状のもやもやしたものが入っています。 カニの体には、この様なもやもやした部分は無いはずです・・・・・いや、一つ思い当ることがあります。 
  カニは脱皮をする時、殻だけではなく胃の中まで脱皮するという記載があります。 これがカニの胃袋だったら納得出来ます。

  さてこれが抜け殻だとしたら、中身はどうしたのでしょうか。抜け殻のそばの小石の陰に、黒っぽい瑞々しいカニがいました。 体がまだ柔らかく触るとぶよぶよしていて、抜け殻より一回り大きなカニです。
  しかし、この抜け殻から出たカニだとしたらおかしな点があります。
  抜け殻は、自切で失ったハサミや脚が無かったのに対し、このぶよぶよしたカニはハサミも脚も全て揃っているからです。
  カニやヤドカリは脱皮により成長すると共に、 自切で失ったハサミや脚の再生が行われます。 つまり、自切してハサミや脚の無い抜け殻の側にいた柔らかい殻のカニは、明らかにこの殻から脱皮したカニで、一回り成長すると共に、見事に自切で失ったハサミや脚が再生したのです。

  しかしこの脱皮も、非常に危険を伴う作業です。
  脱皮の途中は全くの無防備です。 抜けかけの柔らかい体を攻撃されたら一たまりもありません。
  何かの不手際で、からから抜けられずに死んでしまったカニもいました。 同様に、脚が曲ってしまったり、ハサミを無くすような危険を伴う場合もあります。

  脱皮の時、ハサミや脚を無くしたカニは、次の脱皮で再生が行われると思いますが、脚が曲ってしまったような場合は次の脱皮でどうなるのかは確認が出来ていません。

   自切して取れてしまったハサミの部分が膨らんできて、透明な膜を通して小さなハサミが確認できる様になります。
   このイソガニは、両方のハサミを失いましたが、小さなハサミが既に出来上がっています。 体の色は黄色っぽく、脱皮が近付いているのが分かります。
   

ある日、見慣れないイソガニが水槽の中にいました。 色が黒っぽい事と、体が柔らかい以外は別に変わった所はありませんが、昨日までいた黄色っぽいカニは、じっとして動きません。
 目の部分と、ハサミの部分が透明になっています。  

この見慣れないカニは、自切で失ったハサミを脱皮して再生したカニだったのです。

   時には脱皮に失敗して、命を落とすカニもいます。                      
このカニの場合、体は脱げたのですが、脚を脱ぐ事が出来ず、こんなに頑張ったのに、この状態で死んでしまいました。