複  眼  視

蝶やトンボなど、昆虫類の目は六角形の個眼の集まった、複眼で
あることは殆どの人は知っています。

  
でも、カニやエビヤドカリまでが 複眼だったなんて 知っていた方
は、あまりいなかったのではないでしょうか・・・。

 詳しくはエビ・ヤドカリ・カニたちの目は、昆虫と同じ複眼をご覧
下さい。


  
複眼の形は分かりました・・・・・それでは、複眼で見た世界はどの
様に見えるのでしょうか? そんな疑問を、私なりに 推理してみまし
た。




1.複眼の原理を考える・・・。
2.六角形の謎・・・。
3.トンボや、オカヤドカリの複眼で見た世界・・・。

10年一昔といいます。
  昔、昔、もう一つ昔、私が写真を始めた頃、カメラマンや出版社の人たちとの雑談の
中で、「昆虫達の複眼で見える世界はどんな世界なのでしょうか・・・?」 「複眼のレン
ズで写真が撮れないだろうか・・・?」と、いった内容の話
題がよく出ました。
  球体の複眼の表面に、沢山のレンズが並んでいるのだから夫々のレンズで捉えた
画像が個眼の分だけ網膜に映し出され、その像を昆虫達の脳で合
成し1つの画像と
して ドーム状に見えるといわれていました …少なくとも
私はその様に理解していまし
た。

 そして数人の写真家はこれに挑戦し、発表もしていました。 そこには、並んだ六角
形の枠の中に少々ボケてはいるが、何かが写しだ
されている写真が幾つか発表され
ていました。 つまり1つの被写体が、並んだ
六角形の枠の数だけその枠の中に並ん
でいる写真でした。

  私も写してみようと試みましたが、私のイメージとする状態では無いことに気付き、
複眼を使っての撮影は断念しました。


 複眼を構成する個眼の数は、昆虫の種類により色々で、トンボで6000個10000個
以上、カブトムシで13000個〜22000個、アゲハチョウが12000
個〜18000個といわれて
いますが、黄色ショウジョウバエのように800個程
のものもあります。
  カニ類での記録は見つけることができませんでしたが、オカヤドカリが2000個…とい
う記載を目にしました。

 昆虫達は、これだけ沢山の画像を一つの画像にまとめる能力があるのでしょうか?

 疑問が残ります。


 時代が進み、パソコンとデジカメの時代になりました。
 美しい画像を自分の操作だけで簡単に作り出す事が出来るのですからすごい時代
です。デジカメはフイルムの代わりにCCDという光センサーを使い
レンズでCCD上に
結像された画像の光の情報を電気信号として取り出し、
メモリーに記録するという構
造です。

  CCD一枚は、素子がいくつにも分割され、その一つひとつが独立した光センサーと
なっていて、画素といいます。

  最近は、200万画素・ 300万画素〜500万画素・ 600万画素クラスのデジカメが
発売されていますが、初期のものは30万画素や40万画素クラスで
した。
  この画素というのは、多い方がよりきれいな画像を記録できるのですが、画素数が
多くなると画素そのものが小さくなるため、感度が悪くなるとうい事
を聞きました。
  それをカバーするために、素子一つひとつの表面にレンズを
つけるそうです。

 この形って複眼に似ているような・・・似ていないような・・・。

 どこが似ているかというと、一枚のCCDは数十万〜数百万個(最近では1千万〜2千
万画素のカメラまであります )の 画素で構成されている点が、複
眼では1万前後の個
眼で出来ているということです。

 ところがデジカメの場合、CCDの前にレンズを置いて、CCD上に像を結ぶ事により画
像の認識が出来る訳ですから、蝶やトンボなどの昆虫達は複眼
の前に眼鏡をかけな
ければいけないことになります。昆虫達がいや、カニや
エビ、ヤドカリまでが眼鏡をか
けていたら面白いですね。


魚眼レンズというレンズがあります。このレンズは複眼と同じようにドーム状視野を一枚の写真として見ることが出来ますが、彼等にとってドーム状に見える視界を持つということは、自然界で生き残るために重要なことなのです。魚はこの様な見え方をしているらしいのですが、同じドーム状視野を得るために、何故複眼という形をとったのでしょうか?
それは構造が簡単で、軽量で、丈夫であるなどの事情だからではないかと思います。


1、複眼の原理を考える・・・。


パイプの一端を目に当てて、周りを見て見ましょう。
@ すると、パイプの反対側の孔から景色の一部が切り取られて見ることが出来ます。
   ここで、パイプを覗いている目が網膜に相当するわけで、パイプ先端の窓から見える景色がそのまま網膜に映し出されます。
A 上記@は、目で見ているのでパイプの孔で切取られた風景の一部が見えるのですが、目を当てた部分に写真の露出計の受光部を当てて測定してみましょう。
   この時ここで測定されたデータは、パイプの先端から入ってくる光の量ということになります。
   つまりこの状態では、小さな窓から入ってくる光の量というか強さを検出するという単純な作業となります。 
  こんなに単純なら、色のセンサーとか紫外線や 赤外線に感じるセンサーを取り付けても、たいした負担とはなりません。

  
複眼が@の状態で確認されているとしたら、かなり精巧なレンズが必要であり、網膜及び視神経も立派なものが必要となります。まして個眼の視野は、遠くに行けば行くほど広がるわけで、一つの個眼の中心に空を舞う鳶の姿を見たとしたら、その個眼を取り囲む周囲の個眼にも、見える場所が少しずつ違っても見えることになります。
  
このダブった画像を、1つに合成して見ているのだとしたら、複眼を持つ生物達は素晴らしい能力の持ち主だといえます。そして彼等は、この複眼を左右1対…つまり複雑な能力がもう一組あるのですから、その能力は大変なものだと考えられます。


Aの考え方の場合、個眼のレンズ部から取り入れた光の量を脳に伝えれば良いだけの簡単な構造となります。 この状態だけでは、明るさの点としての認識しか出来ませんが、紫外線や赤外線のような人間には感じない波長のセンサーやカラーセンサーが入っていれば、そのセンサーに応じた点を認識することも出来る訳です。

  
個眼に付いているレンズは、網膜に焦点を結ぶためのものではなく、お互いに接する隣り通しの個眼と、視野が出来る限り重複しない視覚を得るのが目的のレンズではないかと考えてみました。
  
この考え方により、複眼のレンズは網膜に画像を結像するといった精度は必要なく、集光を目的とする簡単なレンズでよいことになります。
  
何回もの脱皮という荒業に影響されないためには、理想的な構造と考えられます。

2、六角形の謎・・・。

  
丸いレンズを並べると、隣同士のレンズの接点以外は、光を感じない部分が形成されます。上記@のように、各個眼の夫々で画像を結ぶ方式なら、たくさんの画像を脳で合成し、見るのでこれで十分なはずです。
  
しかし、上記Aの場合は、感度を上げるためレンズの面積は出来るだけ大きくする必要があります。つまり沢山並んだ丸いレンズの接点の部分を1辺とする正6角形にすることで、窓をいっぱいに解放した形となります。

  
人間の考えたCCDも、初期のものは丸い受光素子が基盤の上に並べられた構造でしたが、丸い受光素子の周りに光を感じない部分が沢山あるということで、感度が悪く性能的には満足のいくものでは無かったようです。そこで人間は、受光素子を四角くし、整然と並べることにより入ってきた光を有効に検出するようにして、現在のCCDが出来上がりました。更に感度を良くするために、各受光素子にレンズが取り付けられるようになり、飛躍的に進歩しました。
  
写真の場合、四角い画面を構成するためCCDは四角くなっています。そこでCCDを構成する受光素子も、四角くするということは合理的であり、必然的な形状といえます。

  
面白いことに、四角い個眼で構成された複眼を持つ生物がエビの仲間にいるということです。
  
複眼を構成する個眼が、夫々画像を形成する構造ではなく、光センサー(受光素子)としての働きをするのであれば、エビの複眼が6角形ではなく4角形であっても、十分納得のいく構造といえます。
  
ところが数年前、もっと性能の良いCCDを開発…ということで、四角い受光素子を6角形で構成した製品が開発されましたが、これは正に複眼との深い因縁を感じます。もっとも開発者は複眼のことは全く意識せず、原理上からこの様な形に導かれていったのでしょうが、このようなCCDの構造から複眼を考えると、複眼を持つ生物達は、どの様に見えるのだろうか…ということが分かって来るのです。

3 . トンボや、オカヤドカリの複眼で見た世界

 1万個の個眼で構成される複眼を持つトンボの場合、ドーム状に並べた1万画素のCC
Dで構成されていると考えられます。

 各個眼で検出された信号…これは光の明るさの信号や色の信号だったりします・・・・を
脳に伝え、脳がその1万個の情報を合成して一枚の映像とて
識別することになります。
  これは1万画素のCCDで見る画像と同じです。 この方式では眼鏡も不要で、ピント合
わせの必要が無いのでそれだけ簡単な構造となります。


  
    それでは1万画素の画像とはどのようになるのでしょうか。

    上の写真は、江奈湾をデジカメで写したパノラマ写真です。

左端は、大粒の砂地に黒い岩、その上に森の木が見えます。そして葦原が対岸まで続き、一部削り取られた山と緑の残る近くの山と民家、そして遠くの山が見えます。
 葦原と、山の下に少し海水の残る干潟が広がり、その下(手前)は完全に潮が引いており、そこから撮影していますが、満潮時にはここまで海水で満たされます。
 右の方に白い岩と、その後ろに森の木が見え、右端は黒い岩と、大粒の砂地で終わっています。なぜこんな説明をしたのかというと、この写真は単なるパノラマ写真ではなく、360度写し込んだもので、真後ろにある白い岩が、写り込んで一枚の写真として表現されていますが、この写真を正確に理解するには、写真の右端と左端をつなぎ合わせてリング状にし、そのリングの中から見る必要があるからです。
 なんとなく実態が見えてきましたが、でもこれでは空が中途半端で見えてきません。周り中が見えて、空も完全に見える状況……というと、ドーム状に表現することが必要となります。その状況を一枚の写真で表現すると、下の@の写真となります。

   
 @デジカメで写したパノラマ写真を
  複眼視
した図
 A1万個の個眼で構成されたトンボの
  見た世界
   

  この3枚の写真をご覧下さい。

 
@は、出来上がった原画をWeb用に
  画像処理してあるため画質はかな
  り低下していますが、それでも状
  況の把握はちゃんと出来ます。
 Aは、@の画像を1万画素に落とし、
  同じ大きさで示したものです。
 Bは、@の画像を2000画素にして、
  同じ大きさにしたものです。

  
 B2000個の個眼で構成された複眼で見た世界

さて、この写真の見方ですが、このドーム写真の中心が真上で空が見えていま
す。この中心点から下の部分が、この複眼を持つ生物の前方になり、上の部分は
後方ということになります。
勿論中心点から右側が、右手方向に見える部分で、
左側は左手方向に見える部分となります。

 そしてこのドーム状写真の外側の円周上が、この複眼を持つ生物の一番近い位
置となります。


 したがってトンボの場合、最下部から足の先が見えたり、左右に羽根の先端が、
上端から尾の先端が下向きに見える状態となると考えられます。

 カニの場合は、最下部からハサミが見え、時々脚の先端が左右から見えるかも
しれません。

 ヤドカリの場合は、最下部からハサミとヒゲが見え、上端に貝殻の一部が見え
るのではないかと思われます。


 次に見え方 ( 画質 ) の問題ですが、ほぼ1万の個眼群で構成されているといわ
れるトンボの見た世界を上の写真
Aに表現しました。
 複眼で見えるドーム状の部分だけを、1万画素の画像として構成してあります。 因みにBの写真は、オカヤドカリの複眼を構成する個眼の数2000個の画素数で
構成したものですが、こんなに不鮮明な世界で生活しているのか…?と、疑問も
ありますがこれは人間の見える光の波長で表現しているので、こんな感じですが、彼等が特別に感じる波長の色を感知して識別できるのであれば、それで十分生き
て行けるのかもしれません
と言うように結んでみたのですが、今ひとつすっき
りしないものがあります。

 それは、ABの写真は、それぞれ1万画素と2000画素で構成したものを、元
の画像
@と同じ大きさにしたら見易いだろうと思い、引き伸ばしたものだからだ
と気付きました。

 そこで実際の1万画素と2,000画素だけで、構成した画像を作成してみました。

   1万画素の点だけで構成する
 と、こんな大きさの画像となりま
 す。
   これなら何とか生きて行ける
 様に思います。
      2000画素となると、こんな
 に小さくなってしまいますが引
 伸ばした Aの画像よりしっか
 りとしていて、これなら大丈夫
 と感じます。

最後にこの写真の画素は、デジカメとコンピュータ処理をしている関係で四角です。四角い点で構成されている関係で、ABでは円周の部分で、四角のぎざぎざが確認できます。
 六角形の個眼で構成される複眼を持つ昆虫や、カニ、ヤドカリ達は、六角形の辺の一部で構成されるので、滑らかなラインで構成されますが、四角形の個眼で構成される複眼を持つ一部のエビ達は、陸上と水中との違いがあるにしても、上記写真に近い視覚で見ているのではないかと思います。

注 意

ここに書いた「複眼視」は、今まで疑問に思ってきた複眼について、
コンピュタの画像とオラップさせながら個人的所見としてまとめたものです。私はこの様な考え方で間違いないと考えていますが、
学術的に実証されたものではありません。

この「複眼視」の出発点は、複眼を構成する個眼の一つひとつに網膜があり、画像を確認しているのだろうか…もしそうだとしたら何千枚…何万枚もの画像をマルチビジョンのように見ているのか…脳で合成して一枚の画像として見ているのだろうかということに対する疑問でした。

  
複眼を構成する個眼は、CCDのような光センサーではないかと考えた時、複眼を持つ生物達の見える世界が私には見えてきました。